Wednesday, December 29, 2010

水曜日

4日で4枚は私にしてはかなり早いペースですが、この後赤い経糸を掛けるのに、苦労をしました。この辺のを仕上げるより、早く次のが織りたい。

Sunday, December 26, 2010

12月は。。。

花粉症と戦いながら、アルパカでログ・キャビンのスカーフを4枚織りました。 毎日頭の先から足首あたりまで痒くなるのを我慢して、少しづつ織りましたが、さてできたあがったところで始末などしたくないので床に捨てたも同然。。。
早速カシミアでログ・キャビンを続行。たった2枚のおさで、2色からこんなにいろいろ楽しめるのに、なぜ今まで挑戦したことがなかったのか不思議なくらいです。
今回の経糸は紫と黄緑色、カラー・ウィール上でほぼ対角線の二色。
 
紫・緑系と黄色・オレンジ系をいろいろ試してみました。
ここ数日1950年代のフランスの女性のファッシッオンが盛りだくさんの映画を見たせいか、すっきりはっきりした色合いよりもちょっとノスタルジックな大 人の色が織りたくて一枚目はこのコンビ。経糸に緯糸と同じ紫と、レンガ色を使ったのですが、織ってみるとレンガ色はちょっと鮮やかに、ところどころツイー ドのように黄緑の経糸が顔を覗かせています。

今日は両親の結婚55周年の記念日です。

Tuesday, December 21, 2010

スキタ・プロジェクト

数年前からネルソンではタイ経由でミャンマー・カヤン族難民を受け入れているのですが、去年から伝統(?)の手織りを売って現金収入を得てもらおうとスキタ・プロジェクトが始まりました。当初は資金不足でポリエステルの糸が使われていたのですが、やっと従来の綿に切り替え、見た目も感触も一段と素敵になりました。今のところ市内三箇所(The Suter Art Gallery, Reflections Gallery/WOW Museum, Ka Pai Cafe)でのみ購入可能です。

難民グループの方にお願いして、来年織手の皆さんを訪問することになっています。

Wednesday, October 27, 2010

絞り染め

ご無沙汰しています。(このブログでは何度このご挨拶でポストを始めたことでしょう。)

今年の冬と春は織はあまりしなかったのですが、ヨシコ・イワモト・ワダ先生がNelsonに見えて3日間のワークショップを開催されたので、その前後絞り染めの練習をしていました。絞りの専門用語が日本語、英語で飛び交って私のノートもぐちゃぐちゃなのですが、西洋人がどうやって絞りを使うか、どれくらい日本的なものを目指すか、あるいは絞りの手法を使いつつ個性的な物を作るか、興味深い経験でした。染料は自然と人工の藍のみ、濃度が三種類ありました。

手織りカシミア・スカーフ・サンプル、刀。右と中央がスカーフをくるんだ綿布、左がカシミアです。縫い目は工業用ミシンを初めて使いました。近くで見ると経糸のグレー二色のコントラストが見えます。

日本製機械織り絹スカーフ、地模様は大柄の牡丹。

ラオス製製手織り絹スカーフ、CD Rom板締め。地は紅茶色。

日本製機械織り絹スカーフ、CD Rom板締め。地模様はちょっと変った唐草模様。

私自身は絞りの手法と織柄のデザインを重ね合わせて、たとえば波だの丸い柄だのを引き立てるようなものを作りたいと思いました。でも、染めはまだまだ入門のちょっと手前で、誰かがすべてを準備してくれると手を出す勇気が出てきますが、自宅ですべて準備するとなると気後れします。

*****

今年、妹が陶芸のお稽古を始めました。母は長年使えるものでちょっと変ったものを集めてきましたが、妹の義母は小さな美術館が開けるくらい良い物をたくさん集めておられるそうで、妹はお稽古に行っている年月よりはるかに造詣の深い話がします。妹は私の7歳年下で、性格も好みも人生経験も同じ両親の子かと疑うほど全く違って生きてきたのですが、ここに来て物を作る話でとても刺激的な会話ができる相手変身してしまいました。

数年母と、妹も子育てに一段落着いたら手織りをすればいいのにと話してきましたが、違った視点で物作りを語れるという点で、手織りでなく陶芸を始めてくれてよかったと思います。(それに、アイツは何でもすぐに上手になってしまうので、手織りを始めたら私より数段上手になっていただろうから私も姉の誇りを保てました。)

陶芸でも私はどちらかというと薄い硬いもの、あるいは砥部が、妹はごつごつしてそれこそ作者の手や指の後の残っていそうなものが好きです。妹が手織りを始めていたら手織りらしい不規則な風合いの物が好きになっていたかもしれないと想像しつつ、また妹と話をするのを楽しみにしています。

Friday, July 23, 2010

赤いの、大至急!!

お誕生日プレゼントに必要だそうですとギャラリーに言われて、2日で織りました。小さいカシミアのスカーフですが、依頼があって届けるまで48時間なんてのろのろ織り専門の私には非常事態。昨日は体中が痛かった。

Thursday, June 24, 2010

鯨尺

稲垣さんのサイトを見ていて初めて「鯨尺」という言葉に出会いました。

子供のころから母方の家族はいつも誰かが家を建ていたり改築をしていたりで、集まると大人は坪数とか何尺何寸などと話しているのを聞いて育ちました。でも、織に関連して読んだのは今日が初めて。もともと反物の幅がやけに1フットに近いのは不思議に思っていました。フット・フィートも鯨尺も元は身体尺、計算しやすいメートル法よりなんとなくしっくり行きませんか?

ちなみにニュージーランドは1976年以来メートル法を用いていますが、手織りをする人間の間では今でも幅はインペリアル(故にEPI/DPI、ends per inch/dents per inch)、長さはメトリックで表示します。インターネットで話をしている限りオーストラリア、イギリス、カナダの皆さんもそうみたいで、やはりアメリカの織関連の道具・出版物の多さ故かなぁなんて考えています。

Sunday, June 6, 2010

寸足らず昼夜織り(では無いかもしれない)綿スカーフ


Pics to Picks の私のプロジェクトでした。借り物の8枚そうこうのテーブルルームで織りましたが、慣れない機でloom wasteの計算を間違えてしまい、110cmしか織れませんでした。残念。

Thursday, June 3, 2010

今日は。。。

お昼に人に会わなくてはいけないし、夜はパタンーン教室だし、これにかかわっている時間はほんの少ししかありません。

Wednesday, June 2, 2010

必死です

英語版で3月末からPics to Picksというデザイン・チャレンジをしているのですが、自分のスカーフが土曜日の締め切りまでに織りあがらないという恥ずかしい事態になりそうです。「デザイン・チャレンジ」なので一応「どの段階まで進めてもよい」ということになっていて、つまり途中で終わってしまっての構わないのですが、やはり主催者として恥ずかしい。

寒くて暗い初冬の日が続きます。

Tuesday, May 25, 2010

ティー・コージー

ネルソンの本屋さんが「ワイルド・ティー・コージー」のコンテストを開催すると聞き、ここ数週間紡ぎだの編み物だの慣れないことに没頭していました。これが途中で放棄した一作目。

でもふわふわのメリノで帽子かカラーにはぴったりです。
これが今日届けてきた「作品」。私にしては稀有な、奇抜で斬新な「作品」でちょっと自己満足しています。

Monday, May 17, 2010

遊んでばかり。。。

このごろ仕事の織ではなく、遊びの紡ぎだの絞り染めの練習なんかに精を出しています。

Tuesday, May 4, 2010

ラッキー!

私は籤運なんてまったくない人生を生きてきたのですが、なんと、いつも綿糸を買っているDEAさんの福箱(??)があたってしまいました。しかも白のメリノ以外は色は私が選んでよいとのこと、大好きな2/20の綿2kgを含めて全部で7kgです。ホクホク!

Sunday, May 2, 2010

おもちゃ

いわゆる仕事とは別に、糸をつむいで、編んで、フェルトして遊んでみようなんて思いつき、カーダーを買ってみました。でもこれってちょっと怖い形相のおもちゃです。

仕事もちょぼちょぼしています。

Saturday, April 17, 2010

ジャングル整備の季節

秋が深まるにつれて庭をきれにしなくてはと気がせいてきます。ネルソンの気候は全く穏やかで、夏は26度だと「熱波」だし、冬もめったに3度以下にはならないのですが、夏は日光が肌に刺すように痛く、雨の降らないからから続きです。それに比べて秋・冬はお日様も心地よく温かいか、ちょっと汗が出る程度ですし、夕方から朝にかけて雨が降ることが多いので、雑草を抜いて肥料をまくのに最適です。

我が家は主人も私もNZ流のガーデナーではないので植物にやさしいネルソンの気候のもとで庭はすぐにジャングルになってしまいます。仕事のし甲斐があると言えばそうなんですが。。。

Saturday, April 10, 2010

私の好きなもの

ものを作る方々の中には、(特にニュージーランドでは)、自然からヒントを得てデザイン構想する方が大勢おられます。私はそうではなく、人間、建築、歴史的なモチーフ、他の繊維から織りのヒントを得ることが多いのですが、ただぼーっと見ているのが好きなものもは自然に多々あります。

石ころ



葉っぱ



それから深海魚、でも自分で見に行ったり写真を撮ったことはありません。 鳥の羽、卵、巣。。。でも蜘蛛の巣は嫌いです。

NZ人キルト・アーチストのClare Plug氏は自分の好きな物すべての写真、切り抜き、絵にをスクラップブックに保管しています。石ころとストライプのを見せていただきました。頭が空っぽの時、自分の好きなものばかり集めたノートを眺めるなんて、なんで素敵なことでしょう。私も石、葉っぱ、雲のノートを始めました。

Friday, April 9, 2010

横浜・元町 近沢レース店

昨晩主人が「私書箱にオーストラリアからなんか来ていた」と言ってこの封筒をくれました。なんとSamplingさんからお誕生日プレゼントです。刺繍の大好きな私は小躍りどころではなく、大踊り、大喜び。実は嬉しいのは五枚のハンカチだけではないのです。

ご存知のとおり私は横浜の出身で、しかも元町は母にとっては学生時代の縄張り。小さい時母と二人で元町に行く度に近沢に連れて行ってもらい、神妙にお店に入っては仙頭のハンカチを見て溜息をついていました。母も、お店のご主人も、小さい女の子がこんなに地味なものが大好きなのを不思議そうに見ていましたが、私は仙頭と白いカットワーク以外は記憶にないくらいです。当然大人になったら何枚もの仙頭の持ち主になるだろうと信じて疑いませんでした。

ところがこの25+年間、プレセントに差し上げたことはあるものの、まだ一枚も自分に仙頭を買ったことがありません。しかも最大の原因は、いつ行ってもどれが欲しいか決められないからです。日本に帰るたびに、近沢の支店を目にする度に見てはいるのですが、結局目移りしてしまい、がっかりしながらお店を出てくるのです。

昨晩はある意味とても見慣れた、盛り上がったグレーの文字を眺めながらとても懐かしいひと時を過ごしました。どうもありがとう。

Monday, April 5, 2010

突然ですが。。。

アイロンをしていて、白のTシャツが数枚かなりくたびれているのが気になり、ふと思いついて絞りの練習をすることにしました。

私は染めはほとんどしたことがなく、急に毛糸用の染料についてお勉強するのが面倒くさかったので、Dylonの簡単染めをしたのですが、紺のところがまだらになってしまって大変残念です。

実は染料そをゆすいでいる時点ではもっと良い線を行っていると思ったのですが、最終段階の、洗剤とお湯で洗濯をする段で、お湯がたまって洗剤を溶かしてからシャツを入れたらいいのに、通常の洗濯物同様、シャツを洗濯機に入れてからお湯を出し、洗剤を加えたので、もしかすると不均等に染料を落としてしまったのかもしれません。

染料はまだあったので、もう一度染め直すこともできたのですが、絞りの柄が速く見たかったので、ちょっと惨めな結果になってしまいました。でも古ぼけた白いTシャツまだ3枚残っています。

手袋買い換えて再挑戦します。

Saturday, April 3, 2010

なんとも。。。

今日52歳になりました。50になった時に比べてなんともドラマのない数字ですね。

昨今、名前や言葉が出てこなくなり、つい今何をしていたか忘れてしまったり、ほぼ毎週どこかが痛かったりします。

織りに関しては昔よりあせらなくなって、ゆっくり構える様になったのは良いのですが、その代り簡単なものひとつ織るのにもやたらに時間がかかります。2004・05年くらいの織りへの構え方は克明に覚えているのですが、どうも08年からこちらがとても曖昧です。

今年はどういうものを作るのか、これから一年がどういう年になるのか、楽しみなのと同時に毎朝毎晩自分に活を入れなおす毎日です。

これからもよろしく。

Thursday, January 28, 2010

横浜からこんにちわ

弟の家から久しぶりにつながることが出来ました。お元気ですか?横浜の今年の冬は私の予想していた以上暖かいので、感激。日本ではスカンジナビアのデザインが流行なんですね。

本屋さんに行っても、洋裁の材料やさんを見ても、欲しいものばかりなので困ってしまいますが、まずは母の手持ちの毛糸の整理を手伝い、またまた、少し(少しですよ!)もらって帰ることにしました。また、早速細いブクレを取り寄せたり、まだ毛糸やさんには足を踏み入れていないのですが、そろそろ毛糸は別途郵送してしまおうかなんて思っています。

今日はこれから本屋さん。手芸、洋裁コーナーをじっくり見た後、、姪に「いやいやえん」を買ってあげるつもりです。

ちなみに先週末三浦海岸から日の出の写真を取りました。うちに帰ったらお見せします。

Friday, January 15, 2010

Thursday, January 14, 2010

二年越のお約束

Refinery Art Space のギャラリーで作品を売りたいと話が出て以来二年、やっと約束のものをお届けしました。どうしてもほかのギャラーと違った作風のものを扱ってもらいたかったので、こんなに時間がかかってしまいました。